B級グルメ的音楽とエンターテイメントの軸足
【#042 シングルベッド / シャ乱Q (94年)】 の考察
シャ乱Qの6枚目のシングルであり、ロングヒットとなりその存在を世に知られることになった曲
オリコン最高位9位ながらのミリオンセラーは、史上最も最高順位が低いミリオン曲である。
この曲が、当時の10代にどのように映ったのかを考察してみたい。
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<B級グルメ的音楽と共感力>
中学校の終わりの頃だった気がする。
部活引退後の脱力感と受験のふわふわした時期にだらしなく通っていた焼肉屋があった。
(と言っても、ケーキやカレーまであり食べ放題がいくらいくらというような類の店であるが)
久しぶりにあった友人に「最近焼肉屋でよくかかるいい曲がある」として紹介されたのが
この曲、シャ乱Qのシングルベッドである。
まとわりつくような濃いめの声質が
安いカルビや濃厚系ラーメンに相性がいいのだろうか。
飲食店の有線をパワープレイで占拠していた。
そういえば、シャ乱Qという言葉もカタカナ漢字にローマ字相まって
どこかB級グルメを感じさせるふざけたネーミングだ。
のちに目撃することになるビジュアルだって、
少し間違えた専門学校の入学式を上沼恵美子教授が先導しているみたいな印象だった。
なのに、なのに。
「・・・ああ、これ俺だ」
おそらく多くのティーンネイジャー男子たちがそう感じたに違いない。。
シングルベッドで二人 涙拭いてた頃
どっちから別れ話するか賭けてた
カッコつけて、それがダサくて空振りして、でも一生懸命で、失って、カッコ悪くて、それでもカッコつけて。
男のロマンと女々しさを縦横無尽に行き来しながらダイナミックに進行するメロディー。
それでいて、日常のなかに落ちた小さな小石をひとつひとつ積み上げるような視点。
綺麗な言葉でいうと“遠くにあるものよりも近くにあることを描く”ってことです。*1
最先端のオシャレで尖ったり、高尚で難しいことを掲げるのではなく、
庶民的でありながら、おいしい。
シングルベッドはまさにB級グルメ的波及力でそのファンの裾野を広げ
実にオリコン54週ランクインのロングヒットを記録することになる。
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<変幻自在エンターテイメントの軸足>
それまでも
「ラーメン大好き小池さんの唄」から「上・京・物・語」まで
幅広い楽曲を手掛けていたシャ乱Qだが、
「シングルベッド」の大ヒットで一本軸が定まったのか
その後の活動はさらなる自由を手にしたように見えた。
「ズルい女」「空を見なよ」「いいわけ」
つんく・はたけ・まこと
持ち味であるそれぞれの個性的楽曲で変幻自在に味付けを変えながらもヒットを記録、
その間、たいせいもワイヤーに吊られてキーボードを弾き続けた。
マルチな曲作り体制によるバンドの多面性はユニコーンを彷彿とさせるが、
シャ乱Qの場合、その目的がバンド活動としてのエンターテイメント性、
リスナーに向けた面白さという意識から来ている気がする。
これはひとえに
Mr.ChildrenやGLAYなど、CD産業黄金期にバンドのアイデンティティを保つための生存本能であり、
同時に、音楽の中に「売れる」という基準をつくって勝負することへの覚悟とも言える。
バラバラにとっ散らかっているように見えて、
シャ乱Qらしさを失わないところは、こんなところにもあるのかもしれない。
シングル「パワーソング」は、そんなエンタメをあれこれした後のシャ乱Qの素の表情に近い曲と言えるかもしれない。
そして変幻自在なエンターテイメントに軸を通すものがもうひとつある。
それがつんくのボーカルだ。
鼻にかかった発声で粘着質だが、
どこか歌謡曲のような哀愁を感じさせ、音楽と共に聞くと癖になるあの声。
過去の音源だけでしか聴くことができないのは切ない限りである。
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<あの頃に戻れるなら>
2014年。プロデューサーとしての活動を精力的にしていたつんくが喉頭がんを公表。声帯を摘出。
2000年に活動を休止したものの2006年から緩やかに再始動したシャ乱Qが
2013年にはバンド結成25周年として、
精力的に動き出そうとしていたまさにそのタイミングでの不幸であった。
あれから5年。
現在、食道発声による声を少しずつ取り戻しているとされるつんくだが、
日常のコミュニケーションを取るための会話に使う道具としての「声」が
ボーカリストとしての「声」ではないことは明確だ。
ボーカリストの道を捨て、プロデューサー業で生きていく道を選んだつんく。
ただ、それでいても、シャ乱Q解散の報はない。
公式サイトには、今日もメンバーそれぞれの最新ツイートが並んでいる。*2
もちろんそれは、それぞれの活動を告知するものなのだが、
この場所を希望に、歌という形ではなくてもいつかまたシャ乱Qのエンターテイメントが見られるのを信じたい。