90sJPOP文化論

~90年代に10代だったオトナたちへ 90年代にヒットした曲を具体的に取り上げながら、音楽的側面と言うよりもむしろ、時代・文化的な側面から雑考するブログです。

抽象的比喩表現と変幻自在な表現力

【#030 flower / L’Arc~en~Ciel (96年)】 の考察 /2019.05.16_wrote

L’Arc~en~Cielがその後爆発的ヒットを生み出す礎となる5枚目のシングル。
売れ線を意識して書いたという曲はじわじわと人気を広げていき30万枚を超えるヒットとなった。
この曲が、当時の10代にどのように映ったのかを考察してみたい。

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<SNS以前の口コミとティーンへの波及力

90年代半ば。
部活のない日、男子高校生の放課後といえば、
カラオケか麻雀かビリヤードと相場は決まっていた。

当時流行りの小室ファミリーはほとんど女性ボーカルだった中、
青春真っ只中の男たちがこぞって
リモコンをピコピコと押し、我先にと入れる曲がこの曲、flowerである。

 

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(MVが無いので、比較的リリース時に近い時代のライブのもの)

 

 

派手なメイクをしたロック。
当時はビジュアル系バンドというような認識で
存在は知っていてもなんとなく避けていた人間も多かったように思う。

 

本人たちはビジュアル系バンドという呼ばれ方を否定しているが、
バンドがカテゴリーされることでターゲットに偏りが生まれ、
少なくとも、いわゆる売れ線のポップスに比べ、
聞く人のキャラクターを規定するような間口の狭さが生まれてしまうのだ。

 

それでも一部のファンたちの圧倒的な熱量によって、
知っている人が歌い(あるいは人に勧め)、それがまた知っている人を広げという形で、
SNSすらない時代にリアルな口コミによって瞬く間に広がっていった。
(筆者も誰かのカラオケで知り、アルバムを借りたような記憶がある)


さらには過去曲や、その後はsakura逮捕の情報など、
一つの楽曲に止まらずバンドそのものの詳細まで知ることになるのだから、
その波及力はすごいものだったと記憶している。

 

カラオケボックスで
のちにGLAYのTERUと双璧をなすhydeの高音を
誰もが躍起になって引っ張り出しながら歌う風景は不思議なものだが、
それでもそんな高校生たちを虜にしてやまない歌の魅力がそこにはあった。

  

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  <抽象的比喩表現と変幻自在な表現力>

 

ハーモニカの印象的な旋律。
中二病的な比喩表現による(※悪い意味でなくて)哲学性を感じる歌詞。
そこに乗るのがhydeの変幻自在のボーカルだ。

 

  

そう気づいていた 午後の光にまだ
僕は眠ってる
想い通りにならないシナリオは

とまどいばかりだけど

 

退廃的でいて艶やかな出だしから、

 

胸が 痛くて 痛くて 壊れそうだから
叶わぬ想いなら せめて枯れたい

  

攻撃的なまでに荒々しくも切なさを感じるサビへといたるボーカル。
これこそL’Arc~en~Cielが持つ最大の武器といってもいい。

 

メンバー全員が(作詞)作曲を手がける変幻自在なバンドにおいて、
曲調が変質しても「ラルクらしさ」が必ず残るのは、
それでも作詞はほとんど一人で手がけるhydeの比喩溢れる世界観と
その世界観を完成させるための表現者としてのボーカルによるところが大きいだろう。

 

時に攻撃的に。時におどろおどろしく。
時に妖艶に。時にしっとりと。
囁くような低音。歪ませた低音。
突き刺すような高音。ファルセットを混ぜた柔らかな高音。
音階と表現を変幻自在に操りビジュアル面も含めて
抽象的な比喩世界を巧みに演じ(歌い)分ける能力。

これが10代に対してのカッコいいにつながったのだろう。

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等身大を歌うロックバンドがロックとポップの境界線を無くしていく中、
ラルクが生み出し演じる世界は、
どこまでもロックバンドとしてのカッコつけを体現していたのだ。

 

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 <ビジュアル系という扱いを超えて>

 

「flower」のヒットの時点ですでに、機は熟していたのだろう。

 

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その後sakuraの逮捕などの問題があったが、
活動中止の中アーティスト名を冠してリリースされた7thシングル「虹」で自身初のオリコンチャート3位を獲得すると
その後は8thシングル「winter fall」で1位、9thシングル「DIVE TO BLUE」でも1位と、
王座を定位置とするのに時間はかからなかった。

 

そこからも攻めの姿勢を崩すことなく、
シングル3枚同時リリースや、2枚同時リリース、
さらにはアルバム2作を同時発売するなど、絶えず話題性を提供したラルク。

 

CDバブル時代におけるその積極的な展開と記録の塗り替えは
GLAYとよく比較され
ラルク、GLAY=二大バンドと言われるようになった。

大衆性を獲得したラルクは
もはやビジュアル系が云々という括りを超えて一つの時代を作ったと言えるのは確かだろう。